考え方の違い

<写真は2013.1スーパーカブ110で真冬の北海道宗谷岬へ挑戦。吹雪に遭遇し立ち往生したときのものです>

二人以上でいると必ず考え方の違いによる「歯車の噛み合わない部分」が生まれ、ぶつかるときがあります
他人同士や恋人同士の場合、お互いの遠慮があってその部分には触れることをできるだけ避けようとするのではないかな。
遠慮のない人間関係(例えば夫婦)の場合はそうはいかないことが多い。

ところで、この「歯車がかみ合わない部分」はどうして生まれるのかな。

つらつら考えてみるにお互いの生まれ育った環境。その風土や両親の子育・教育の違いから生じるのかなと思いました。
長い間培われてきたそれぞれの育ち方から生じる「歯車のかみ合わない部分」は容易に埋めることはできないかもしれない。
しかし、互いの「育ち」を理解し合うことができれば、その距離が縮まってゆくだろう。
また、その理解し合う過程で、お互い自分にない考え方の部分を発見し、その考え方を自分の中に取り入れてみるような努力も必要であろう。

まあ、それでも完全に「歯車がかみ合う」ことはないでしょう。だからこそ人間関係は面白いのかもしれない。言葉の使い方は違うが「天は二物を与えず」というか瓜二つを求めるのは無理がある。

お互いが相手の考え方を理解し容認する。それが互いの相手に対するおもいやりなのかも。
こんなことを何回も繰り返してゆけば、考え方の違いからくる歯車の噛み合わない関係から。互いの相手に対する人間への愛へと変わってゆくのかも。

いい歳の取り方をしてゆきたいものです。

最近こんなことを思った。

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